三億円事件の謎 〜昭和最大の未解決事件はなぜ解決できなかったのか〜

雑学コラム

三億円事件の謎 〜昭和最大の未解決事件はなぜ解決できなかったのか〜

1968年12月10日、東京・府中市で起きた「三億円事件」
東芝府中工場のボーナス現金約2億9430万円(現在の貨幣価値で数十億円)が、白バイ警官に変装した一人の犯人によって奪われました。
暴力も発砲もなく、言葉だけで輸送車を止めさせた犯行は、日本中を震撼させました。

犯行の手口

犯人は白バイ警官に変装し、「車に爆弾が仕掛けられている」と運転手に告げて輸送車を停車させました。

運転手らを退避させ、そのまま輸送車に乗って逃走。

現場には盗難車や工具、発煙筒などが残されましたが、決定的な証拠にはならず。

この鮮やかな手口から「史上最大の知能犯」とも呼ばれました。

■犯人は誰だったのか?

真犯人は今も不明ですが、いくつかの有力な説が存在します。

 

●高校生説

事件から数年後に自殺した少年が「自分が犯人だ」と漏らしていたとの証言。

しかし証拠はなく、決定打にはならなかった。

 

●組織犯罪説

輸送車の追跡や逃走経路の確保を考えると「一人では不可能」という見方。

ただし金の流れが全く出てこず、裏付けに欠けた。

 

●単独の素人説

計画は大胆だが、証拠物が多く残されており、実は「素人の犯行」という説。

現金は使われず、結局「隠したまま時効を迎えた」と考えられている。

 

●なぜ捕まらなかったのか?

 

時代背景の壁
当時は監視カメラがほとんどなく、目撃証言に頼るしかなかった。

科学捜査の限界
犯人が残した物証から指紋は出たものの、決定的な人物特定には至らなかった。

DNA鑑定もまだ存在しなかった時代。

現金の動きがなかった

奪われた紙幣番号は控えられていたため、使えばすぐ足がついた。

犯人はほとんど使わず、結局「宝の持ち腐れ」となった可能性が高い。

 

●時効成立

 

公訴時効は1975年に成立し、犯人が名乗り出ない限り「完全な未解決」となった。

 

●もし現代なら?

 

令和の今、同じ事件は成立しにくいでしょう。

監視カメラ+AI顔認証で犯人の移動ルートは一瞬で特定。

DNA鑑定で車や道具から個人を割り出せる。

金融追跡で現金の動きも即座に把握できる。

現代の監視社会で「完全犯罪」を実現するのは、ほぼ不可能といえます。

 

●結論

三億円事件は「昭和という時代だからこそ可能だった完全犯罪」。
今も真犯人は謎のままですが、その大胆な手口と、最後まで解決できなかった事実は、半世紀以上経った今でも人々を魅了し続けています。

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